コラム
カンテの基礎知識
100回記念 フラメンコってそもそも何なんでしょう?
当コラムもなんと 100回目 を迎える事となりました。
♪ありがとうございます。どんどんぱふぱふ♪
そこで初心に帰って<フラメンコとはなんなのか?>について
もう一度お話ししたいと思います。
今回は歴史的観点から見たカンテ・フラメンコについて、
そして、今後の展望も含めたカンテ・フラメンコの定義について、
簡潔にご説明しましょう。
ちなみに、私はセビリアのクリスチーナ・ヘーレン、フラメンコ芸術学院から
正式にフラメンコの理論講師として認定されておりますので、
ご紹介する理論は持論ではなく、あくまでも学校で学んだこと。
そして、アンダルシア政府のフラメンコ課が認めた内容ですので、
どうぞ安心して読み進めて頂きたいと思います。
(ちなみに、カンテ講師としても認定して頂いております。)
(私自身の考えと学校で学んだことが一致しない場合も、
常に学校で学んだことを優先してご紹介しております。)
まず、フラメンコの定義ですが、
フラメンコとは、もともと歌のコンサートについた名前だということを
ご存知でしょうか?
今から120年ほど前、アンダルシアの民謡や当時の流行歌などを、
より聞きごたえのある歌にアレンジして歌うコンサートが
人気になり始めていました。
アンダルシア民謡ショーと呼ばれたそのコンサートに、
フラメンコショーと名付けたのは、
マドリッドのライブハウスのオーナーの一人と言われています。
その後、名付けたのは自分だと名乗る人が数人出てきたこともあって、
実際には誰なのかはいまだにはっきりしてはいません。
不思議ですね。
そして、そのネーミングも相まってフラメンコショーが大人気になって、
現在のフラメンコに繋がる訳です。
という訳で、フラメンコとはもともと歌のショーのこと、
つまりお客さんに聞かせる為のカンテのことなんです。
フラメンコはもともと歌の事だとご存じの方は
結構いらっしゃると思うんですが、
あくまでもプロのショーとして聞かせる歌だということは、
日本ではほとんど知られていないかもしれませんね。
その後、あまりの人気に、今でいう反社の人達の稼ぎの場となってしまい、
警察にも目を付けられたことで、カンテは一度すたれたしまいました。
実は最初のカンテの流行は10年ほどしか持たなかったと言われています。
しかし、作曲家のファリャが主催したカンテコンクールが
1922年に開かれることで、
カンテはレベルの高い音楽として再評価されることになります。
その後、約10年の間にカンテコンクールが何回も開かれるうちに、
審査の為にコンクールで歌われる歌を限定する必要があったので、
カンテのレパートリーが固まっていったと言われています。
このように、カンテのレパートリーは
コンクールで採点される為に限定されたので、
これ以降新曲はカンテフラメンコとしては認められなくなりました。
実は、レパートリーがこれ以上増えないと決まったことで、
カンテフラメンコは他のジャンルの歌とは違う
独特の発展をすることになります。
それが現在まで続く、
アレンジを変えてカバー曲をどんどん生み出すシステムなんです。
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今回は歴史的観点から見たカンテ・フラメンコについて、そして、今後の展望も含めたカンテ・フラメンコの定義について、簡潔にご説明しましょう。
ちなみに、私はセビリアのクリスチーナ・ヘーレン、フラメンコ芸術学院から正式にフラメンコの理論講師として認定されておりますので、ご紹介する理論は持論ではなく、あくまでも学校で学んだこと。
そして、アンダルシア政府のフラメンコ課が認めた内容ですので、どうぞ安心して読み進めて頂きたいと思います。
(ちなみに、カンテ講師としても認定して頂いております。)
(私自身の考えと学校で学んだことが一致しない場合も、常に学校で学んだことを優先してご紹介しております。)
まず、フラメンコの定義ですが、
フラメンコとは、もともと歌のコンサートについた名前だということをご存知でしょうか?
今から120年ほど前、アンダルシアの民謡や当時の流行歌などを、より聞きごたえのある歌にアレンジして歌うコンサートが人気になり始めていました。
アンダルシア民謡ショーと呼ばれたそのコンサートに、フラメンコショーと名付けたのは、マドリッドのライブハウスのオーナーの一人と言われています。
その後、名付けたのは自分だと名乗る人が数人出てきたこともあって、実際には誰なのかはいまだにはっきりしてはいません。
不思議ですね。
そして、そのネーミングも相まってフラメンコショーが大人気になって、現在のフラメンコに繋がる訳です。
という訳で、フラメンコとはもともと歌のショーのこと、つまりお客さんに聞かせる為のカンテのことなんです。
フラメンコはもともと歌の事だとご存じの方は結構いらっしゃると思うんですが、あくまでもプロのショーとして聞かせる歌だということは、日本ではほとんど知られていないかもしれませんね。
その後、あまりの人気に、今でいう反社の人達の稼ぎの場となってしまい、警察にも目を付けられたことで、カンテは一度すたれたしまいました。
実は最初のカンテの流行は10年ほどしか持たなかったと言われています。
しかし、作曲家のファリャが主催したカンテコンクールが1922年に開かれることで、カンテはレベルの高い音楽として再評価されることになります。
その後、約10年の間にカンテコンクールが何回も開かれるうちに、審査の為にコンクールで歌われる歌を限定する必要があったので、カンテのレパートリーが固まっていったと言われています。
このように、カンテのレパートリーはコンクールで採点される為に限定されたので、これ以降新曲はカンテフラメンコとしては認められなくなりました。
実は、レパートリーがこれ以上増えないと決まったことで、カンテフラメンコは他のジャンルの歌とは違う独特の発展をすることになります。
それが現在まで続く、アレンジを変えてカバー曲をどんどん生み出すシステムなんです。
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